- date
- 2020.09.28
デザインにおける「良い」をどれだけ言語化できるか?「UX負債」解消のためのアプローチとは root Design Meetup #uxdebt
2020年8月から、rootがこれまで取り組んできた事業の成長フェーズにおける事業課題に対して、ゲストを迎えてトークセッション形式でディスカッションする企画「root Design Meetup」をスタートしました。
第1回は、デザイナーの長谷川 恭久さん @yhassy をゲストにお招きし、これまでのプロジェクト活動で取り組まれてきた経験から、プロダクトに潜むUX負債についてお話を伺いました。今回はトークセッションの内容を中心にレポートしていきます。
参考記事:https://yasuhisa.com/could/article/ux-debt/
目次
UX負債は測れないが、重要な施策を可視化する
イベントは「UX負債」とはなにか?という問いかけから始まりました。最近になって語られるようになってきたこの言葉、一体どのような意味を持つのでしょうか?まず、このテーマを選んだ理由について、西村が語ります。
西村:rootは、デザイナーが社内にいない会社の支援をすることが多く、その際に人や組織に紐づくデザインの課題に直面することがあります。こうした課題はデザインの認識がチーム内で共通になっておらず、それがUX負債につながっているのではないか?と考えており、今回UX負債をテーマに設定しました。
短期的な課題解決のために生まれた、プロダクトの小さな問題を「時限爆弾」として自身のブログで紹介した長谷川さんは、UX負債についてこう語ります。
長谷川:人やワークフローなど、プロダクトに不透明なところがあるから負債が生まれます。西村さんとは、進んできた道は異なりますが、最終的に行き着いた場所は同じ感じがしますね。私の場合、デザイナーがすでにいる組織に関わることがほとんどです。
そういう組織ではどうなっているか。すでにPDCAを回していて、グロースのための施策が必要。ただ、日々忙しくしているなかで、思いや考えを体系化できない。そうすると、プロダクトに少しずつ負債がたまっていってしまうのです。
UX負債について考える上で、長谷川さんは長らく「デザインの品質とはなにか?」という問いに向き合ってきたと語ります。
長谷川:デザインの品質を評価するために、デザインの指標の話などが出てきます。基本的に指標は必要ですが、問題もあります。それは、測れないものに対しては着手する優先度が下がる、という課題。例えば、「色に一貫性がない」など。色のトンマナを合わせたからといって、クリック率が上がるわけではありません。そうすると、施策の優先順位は落ちる。そういうものが負債になっていきます。
測れなかったとしても、それが大事だということはわかる。どうやってデザインの品質を考えるか?が大事なんです。この問いを2〜3年ほど考えてきたときに、ニールセンが2018年にUX負債という言葉を出していた。自分がずっと感じていた課題感と、UX負債というフレーズがフィットしたんですよね。
プロダクトデザインにおいて、「技術負債」が密接に関係するように、UX負債についても「新しい概念というわけではなく、こうした課題意識はずっとデザイナーは持っていたはずだ」と長谷川さんは語ります。
長谷川:UX負債という言葉を使うときの意図は、「重要な施策なはずだが、計測しにくい。それをどう捉えるか?」という話をプロダクトチームでするときに、UX負債という言葉は機能するのでは?と考えています。
デザイナーが「クオリティを高めたい」という言葉を用いるとき、その中に含まれている意味合いとして、「測れないが、やるべきことに対する課題意識を伝えたい」としているのではないか、そう考えています。
「技術負債は実行すべきものを明確にしやすいですが、UX負債は測りにくいので判断が属人化してしまう恐れがありますね」と、長谷川さんのコメントを受けて西村は語ります。
長谷川:技術負債は、Webデザイン、スマホアプリ以前から存在する概念です。解決は難しいけれど、返済しなければいけないという認知はすでにある。デザインにおける負債は、そもそも知らない人もいる。ここ10年〜20年は、プロダクト開発にデザインが紐付いていなかったのも要因かもしれません。
プロダクトをアジャイルに、模索しながら開発していこうという文脈が生まれ、デザインもそこに適応しようとしたことで、可視化されてきた課題だと思う。みんな課題は感じている、ただどう取り組めばいいのかわからない。UX負債というフレーズが生まれることで、課題の輪郭がはっきりし、そこがスタートラインなのではと考えています。
UX負債が溜まるのは、ダメなわけじゃない
同じように負債という言葉がついている技術負債と、UX負債の解消の仕方は似ていると、長谷川さんは語ります。
長谷川:技術負債は、普段のプロダクト開発のサイクルに乗せようとしても返済はできません。リファクタリングして、アーキテクチャをつくりかえるための大きめのプロジェクトを立ち上げることになります。このように、技術負債を返済するための方法はすでにある。そこから学べることはあります。ただ、UX負債の場合は実施したことで何がよくなるのかが測りにくい。UX負債の解消に取り組む利点、何を持って良いとするかを共有しないと進みにくいと思いますね。
実際に、UX負債にはどのような例があるのでしょうか。長谷川さんは、「ナビゲーション」や「通知」において負債が蓄積しやすいケースを紹介します。
長谷川:例えば、ナビゲーション。ナビゲーションに新しい要素を加える際、ストラクチャを大幅に変える必要が出たり、想定していなかった文字量になったり、カテゴリごとに違う色を使ったり、新しいカタログがつく際に小さな負債が溜まりやすい代表例がナビゲーションですね。
あとは、通知系。マーケティング用の通知も同じ場所に出したい、などビジネス上の要望等を受けて対応しようとしているうちに、プロダクトのいろんなところから通知が出るようになってしまうことがしばしばあります。
「負債があることはダメなことではありません」と長谷川さんは強調します。プロダクトを成長させ、ビジネスとして成立させるために実施するのは仕方がないこと。ただ、こういった側面でUX負債が溜まるということを認識できていればいい、と語ります。
長谷川:UX負債をなくす方法はありません。プロダクトとは、生物を育てているようなものなので、年齢を重ねるとどれだけ良い判断を重ねているつもりでも無駄が出てきます。ベストを取り続けても負債は溜まる。UX負債をなくすためのアプローチは、ヘルシーな結果にはつながらないと思います。
デザインシステムでUX負債は解消できるか?
UX負債の解消に取り組むためには、どのようなアプローチが考えられるのでしょうか。プロダクトのデザインに関するルールを定めた「デザインシステム」も解決策のひとつとして挙げられるものの、その難しさについて語ります。
長谷川:デザインシステムは、解決策のひとつとして挙げられますが、あれは良くも悪くもプロダクトのようなものです。プロダクトということは、それ自体にも負債がたまっていってしまう。
では、デザインシステムはどういう役割を果たすのでしょうか。長谷川さんは「ベースラインをつくる役割」だと述べます。
西村:rootでもデザインシステムやデザインガイドラインをつくりたいという相談があります。つくりたい理由は明確ではなく、つくることによって課題が解決されるのではと期待を持っていることがあります。ただ、デザインシステムをつくるだけではメリットはないですよね。
長谷川:そのとおりです。私も、デザインシステムの相談で始まった案件でも、実際にやっていることはデザインステムへの調整とデザインプロセスの改善がほとんど。調整をしっかりやらないと、デザインシステムの開発は進まないという覚悟が必要ですね。
デザインシステムの作成は、UX負債の解消にはつながりにくい。では、どのようにUX負債を解消していけばいいのでしょうか。長谷川さんは、ワークフローやプロセスの変更から着手するべき、と語ります。
長谷川:まず、考えるべきことは、どういうプロセス・ワークフローでデザインをつくっているか。もうひとつは決済。誰がそのデザインを良いとみなして進めているのか。
小さな事業会社であれば、事業に入り込んでデザインする姿勢の人がいますが、事業が大きくなると、分業が生まれるので、事業になかなか入りこめません。そうすると、「なぜやるのか」に入り込めないフローでデザインしないといけない。
どういう基準でデザインを良しとして、実装するのか。これが「アートディレクターのセンス」のような状態だとスケールしない。属人化する状態だということに気づいた上で、評価指標はどうするのか、どんなプロセスでコンポーネントをあげていくのか、などのワークフローを設計していきます。
大事なのは、デザインのインベントリをつくること
デザインの判断基準、ワークフロー、ドキュメンテーションは書いているかなど、デザインシステムの開発より先にやるべきことはあると長谷川さんは語ります。UX負債は、デザインのクオリティをどう分解して、どう評価するのかを言語化すること。これが、プロダクトに負債が溜まっている状況を伝達する上でも重要です。
長谷川:プロダクトの課題は現場じゃないとわからないところがたくさんあります。外部の人がスポットで関わるだけでは気づきにくい組織の課題もあります。ただ、現場の「予感」だけでは動けないので、しっかりと記録する。ドキュメンテーションが大事なんです。
だから、インベントリをつくる。UX負債と、起こり得る問題などを記録していく。このときに大事なのは、「なぜ起きたか?」です。例えば、デザイナーがうっかりトンマナの統一を忘れたなどであれば、「FigmaやSketchのライブラリを統一しましょう」で終わり。
マーケターがABテストした結果、良い結果が出たほうを選ぶことになり、それでデザインがブレたというケースは、そういうことを記録しかないといけません。こうしたUX負債を返済するためには、「ガイドラインを柔軟にする」「マーケティングとデザインのやりとりがスムーズになるようにする」「リーダーシップをとってNOと言えるようにするには?」などワークフローから考えないと再発してしまいます。
インベントリには、問題の深刻度や難易度、影響範囲などを記録し、比較可能な状態になっていることが重要だと長谷川さんは語ります。影響範囲に「ガイドラインに関するものが多い」ということであれば、「ガイドラインが機能していないのでは?」と仮説が立てられます。「どうしてかわからないけれど、通ってしまっている」だったら、「フローを見直しましょう」と解決のためのアクションが考えられます。
長谷川:まず、全体像を可視化する。そのためにはドキュメントをきちんと書いていくこと。同じ項目でまとめておけば、振り返るときに役に立ちます。UX負債だろうが、デザインシステムだろうが、まずはここから。スピードが早いから、書いている暇がない、デザインにもっと時間使いたいというのはわかります。ただ、ドキュメントに残しておいたほうがいいと思いますね。
ドキュメントを書くうえでは、どれだけ言語化できるか?が課題になります。すべてを言語化するのが難しかったとしても、デザインの意図や経緯をきちんと説明する、クオリティに関して分解して表現すべきタイミングはある、と長谷川さん。
長谷川:早い段階からドキュメンテーションする習慣ができてれば、振り返りができますし、解決のためにアプローチするための材料も得られます。繰り返しになりますが、UX負債が発生するのは変化の証で悪いことではありません。ただ、都度書き留めておかないと、UX負債の返済がただの修正作業になってしまい、再発してしまいます。
デザインの「クオリティ」の因数分解
UX負債に取り組む際、いかにPdMと認識を揃えるかにおいても、デザインに対する言語化が重要だと長谷川さんは語ります。課題は何か、その要因は何か、どういう優先順位で取り組んだら解決できるのか。こうしたことを言語化して共有するために、デザイナーはトレーニングの一環として「クオリティ」の分解をやるといいと長谷川さんは語ります。
長谷川:人によってクオリティの捉え方は異なります。自分で品質を分解するとしたら?を考えてみて整理する。それによって、負債の振り返りもできます。具体的に何が良くないのか?を考えるトレーニングになるんです。例えば、これは今回のイベント登壇前に試しに分解してみた、UIデザインのクオリティの構成要素です。
長谷川:プロダクト全体の話では、ビジョンや戦略をふまえた上での「良い」はあるし、視覚化もしていると思います。ユーザーとのインタラクションなども考えているし、言語化しているはず。
加えて実施するとしたら、良いの判断基準を言語化すること。デザイン原則の話などもこれに関連します。言語化できれば、「UX負債はこれに反しているよね」という話ができるようになります。
その共通言語ができないと、「指標が測れないから優先順位は上がらない」という状態から抜け出せません。
西村:ビジネス側の指標に合わせる動きばかりだと、デザイン側で重視していることは実行できません。良いの判断基準を言語化できれば、コミュニケーションもできるし、チームの中での認識を揃えられますね。
数ある施策のなかで、どれの優先順位を上げるか?の徹底は難易度が高いものです。実際にUX負債の解消に取り組んでいく上では、グロースを目的にしたチームと分けるのもあり、と長谷川さんは語ります。「理想はUX負債のための大きめのプロジェクトを立ち上げることですが、小さく試したいということであれば、小さなチームでトライしてみることも大事ですね」と語りました。
【次回】9月29日(火)開催!
root Design Meetup #2 「コロナ禍のデザイナー育成・マネジメントどうしてます?」
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